『新発売!等身大ルパートさんポスター』
テレビCMに瞳は目を輝かせた。
「等身大って…全長何センチなんだ?」
「知らないの?2.5mよ」
申し込もうと瞳は受話器を取り上げる。
千也はとりあえず、繋がった電話を横から切った。
『新発売!等身大ルパートさん人形』
テレビCMに瞳は目を輝かせた。
「人形もう持ってるだろ。いろいろと」
「でもこれすごい。触感も再現されてるんだって」
申し込もうと瞳は受話器を取り上げる。
千也はとりあえず、繋がった電話を横から切った。
「瞳は酔っ払うとどうなるんだ?」
何気なく、千也が尋ねた。
「あんまり酔わないわよ。テキーラでも呑んだら別だけど」
それを聞いた千也はいそいそと酒屋へ出かけテキーラを購入した。
そして、夜。
「買ってきたんだ。折角だから一緒に呑もう」
トクトクと千也がついだお酒を瞳はおいしそうに呑み干す。
わくわくしながら瞳を見つめるが、普段と全然変わらない。
「どうしたの?」
「酔わないのかなあって思って」
「もっと呑まなきゃ無理よ」
そこで千也は瞳のグラスを満たす。
そんなことが繰り返され、やがてボトルは空になる。
千也の買ってきた上等なお酒は、ほとんど瞳の胃に納まった。
しかし瞳に変化はない。
「じゃあ、そろそろ寝ましょうか」
つまらなそうな千也の背に、瞳はにやりと笑って言った。
「ごちそうさまでした」
「明日になれば、すべて良くなるさ」
千也は瞳の心を和らげようとにっこり笑う。
「そうね」
つられるように瞳も笑う。
「明日になれば全部きれいに片付いて…るわけないでしょ!」
瞳は彼のせいで再び壊滅したキッチンへ千也を蹴り入れた。
「千也さん、今日のごはんは冷めないうちに食べてね」
「わかった」
にっこりと笑う瞳にそう答える。
「冷めないうちに食べれなかったら罰金ね」
「いいよ」
「じゃあどうぞ、召し上がれ」
運ばれてきた料理は冷奴だった。
「ええっと」
千也は瞳の顔色を伺う。
「キッチンのこと、まだ怒ってる?」
瞳が怒っている。
原因はキッチンを壊滅させたことにあるようなのだが、何故だろう。
徹夜してそれでも片づかなかったから瞳が会社へ出かけてからも続けて、帰ってくる頃にようやくきれいになった。
瞳に手伝わせたりせず、すべて自分でやったのに。
『イライラはカルシウム不足が原因です。女性は特にカルシウムを多くとらなければなりません』
テレビの言葉にこれだと思う。
「そうか、カルシウムか」
紹介されていたレシピをメモってキッチンへ向かった。
「…ちょっとは反省しろ」
低くドスの効いた瞳の声に千也の顔が引きつる。
三度、崩壊の憂き目にあったキッチンに千也は一晩閉じ込められた。
「あーあ」
テレビのCMを見ながら、少し大きめの声で瞳は呟く。
「こんな綺麗なシステムキッチンで料理してみたいなあ」
「全額、出資させていただきます」
雑巾でキッチンの床を拭きながら言う千也の前に、瞳はニコニコしながらパンフレットを広げた。
暇だったらゴミの分別しといて、とゴミ袋を渡された。
「なあ、瞳。燃えるゴミと燃えないゴミの違いって何だ?」
瞳は千也を振り向かずに答えた。
「燃えそうかそうでないか」
そもそも捨てるときから分けておけば苦労はしないのに、と呟いて千也はゴミの分別を始めた。
「ウサギとカメのショートコント。
『競走』
カメ『ようし、竜宮城まで競走だ』
ウサギ『よーいどん』
カメ『よいしょよいしょ』
ウサギ『わっせわっせ』
カメ『よいしょよいしょ』
ウサギ『ごぼぼぼぼ、って溺れるわ』」
黒い覆面をかぶって片手にウサギ、片手にカメの人形。
「千也さん、何を見たの?」
瞳の言葉にも千也は無反応。
「続きまして……」
「あ、また宛先不明で帰ってきた」
千也が振り向いて尋ねる。
携帯メールを見ながら瞳は答えた。
「何?」
「友達にずっと連絡がとれないの。どうしたのかと思って」
「じゃあ指名手配かけたら?」
「え?」
「海外にいるかもしれないから、国際的に指名手配かければすぐ見つかるよ。人を捜すのは警察の仕事だろ」
こともなげに言う。
瞳は思った。
これが彼の国の常識なら暮らしにくい所だなあ、と
「あらー、瞳ちゃんの彼氏くんじゃないの」
散歩がてらに夜食を買い、その辺をうろうろしていると、家の近くで隣の家のおばさんと出会った。
「ああ、どうも」
「もう、瞳ちゃんたらいつの間にこんなにかっこいい彼氏くんを見つけたのかしら。うちの子も言ってるのよ。『瞳ちゃんの彼氏かっこいいね』って。瞳ちゃんも年頃の娘さんだったのねえ。瞳ちゃんはこんな小さい頃から知ってるけど、昔っから男勝りな子でねえ。おばさん、彼氏がちゃんとできるのか心配してたのよ。ほら、瞳ちゃんっていい子なんだけど女の子にしたらちょっとサバケすぎなところがあるでしょう。あ、ごめんなさいね。悪く言うつもりはないの。でも瞳ちゃんもやっぱり女の子だったのねえ」
千也に全く口を挟ませず、おばさんは止まらない。
ふと見ると、通りの向こうに瞳の姿。
声をあげようとした千也に、彼女は静かにと、歩きながら人差し指を口に当てる。
「瞳ちゃんも目が高いわ。一体どこで知り合ったの?ナンパかしら?そうよねえ、瞳ちゃんも可愛いものねえ」
千也は目で助けを求める。
瞳は右手をグーにし、胸の前で握った。
『ファイト』
「瞳ちゃんとはどこまで進んでるの?結婚式はいつかしら。そうだわ、いい結婚式場知ってるのよ。うちの上の娘もそこで式を挙げたんだけど、ウエディングドレスは種類が豊富でね、瞳ちゃんも気に入ると思うわ。あなたはそうね、タキシードかしら。ああでも、上背があるから和装も似合いそうね」
足早に去って行く瞳を恨めしげな目で追う。
千也はおばさんが夕飯の時間を思い出すまで、果てのないお喋りに付き合わされた。
ネモカルア王国日本大使館勤務の職員二人。
今日も王の兄、千也を見守る。
「飽きてきたな」
「それを言うな」
繰り返される助手席と運転席の会話。
瞳の家の扉が開いた。
「あ、瞳さんが出てきたぞ」
千也と共に真っ直ぐこちらへやってくる。
「…おい、もしかして」
「もしかしなくても…」
護衛の任務は極秘で瞳にも知らされていないはずだ。
しかし。
「バレてるな」
「多分な」
車のドアが開けられ、二人が乗り込んできた。
「隣町のデパートまでお願いします」
「どうせついて来るんだろ。ちゃっちゃと行けって」
職員二人は顔を見合わせる。
「少し考えさせていただけますか?」
「じゃあ、3分だけ待ってやる」
結局3分後、車は隣町のデパートへ向けて走り出した。
「もしも、もしもの話だけど、オレがずっと瞳と一緒にいたいって言ったら、瞳はどうする?」
瞳はじっと千也の目を見つめた。
「それは、お金も一緒についてくるのかしら」
「そうだって言ったら?」
「じゃあ、いいわ」
「お金はついてこないって言ったら?」
「ふざけんな出ていけ馬鹿やろう」
表情筋を全く動かさない彼女に本気を感じて、千也は切ない気分になった。
「あー台詞忘れた」
苦々しげな声が聞こえた。
「何の?」
千也はギュッと眉根を寄せて答える。
「ただいまってうちの国の言葉で何て言うんだっけ?」
あと、おはよう、おやすみ、こんにちは、こんばんは…。
忘れた台詞を指折り数える。
「それ台詞じゃないと思うけど」
自国の観光ガイドで言葉を調べる王の兄に、瞳はそっと呟いた。
別れの日がやってきた。
『兄がご迷惑をおかけして、すみませんでした』
わざわざ電話をかけてきてくれたのは、ネモカルア王国国王、一也だ。
「こちらこそ、十分すぎるお金を頂きまして」
『いえ、お世話になったので当然のことです』
電話越しに深々と頭を下げあう二人。
『ところで兄さんは?もう大使館の方に戻りましたでしょうか?』
「千也さんは…」
瞳はそっと電話から視線を外す。
「帰りたくないって押入れの中に閉じこもってます」
「センヤさま!ご迷惑ですよ!」
「王もお待ちです。さあ、早く、開けてください、センヤさま」
受話器越しに聞こえるのは、日本大使リーメの声と何かをドンドン叩く音。
一也は再び頭を下げた。
『兄がご迷惑をおかけして、すみませんでした』