「代表委員」
声に視線を戻す。
うんていの柱にもたれかかり、スーツ姿にネクタイを締めたその男はにかっと笑った。
「おっす」
「……おっす」
右手を上げた彼に返事を返して足を止める。
今日は、小学校の同窓会だ。
20歳になった成人式の日に同窓会をやる。
うちの小学校のこの行事がいつから続いているのかはわからない。
けれど、確実に言えるのは。
同窓会なんて来るんじゃなかったということ。
女の子はみんな晴れ着姿だ。けれど、私はスーツ。
理由はいろいろある。動きづらい、めんどくさい、着付けをしてくれる美容院が予約でいっぱい。
晴れやかな着物姿の元クラスメートたちはキャアキャア言いながら写真を取り合っている。
私は輪の中に入らなかった。
そして彼女たちも私に声をかけなかった。
ぽつんと一人浮いたまま、聞こえてくるのは忍び笑い。
”ねー、あいつ来たよー”
”うっそマジ? スーツじゃん。馬鹿だねー相変わらず”
”何て言うか、目触りー?”
しばらく忘れていたが、私は小学生の頃、いじめられっこだった。
別に何をしたわけでもないが、とりあえず、クラスのボス格の女子が私をお気に召さなかったらしい。
その子に睨まれると今度は自分が標的になるので、クラスの女子はこぞって私を無視した。
おかげで私は登校拒否に陥り、毎日泣いて過ごした……わけではない。だから? そう言って、学校に通い続けた。
私のことを嫌いなやつに無視されたって、別に構わなかったから。
ボス格の女子はそこが気に入らなかったのではないか、と中学に入ってからできた友人は言った。
じゃあ、泣けばよかったのだろうか。そうじゃないだろう。
輪の中に入っていけばよかったのだろうか。そんなやつらの仲間になりたくなんてないし、受け入れてくれるわけがない。
結局、私はただ漫然と学校に通い続けた。
別の中学に行ってしまったから小学校のことのことはほとんど忘れかけていたけど。
同窓会は当時の対人関係が現れる場所だ。だから、私に居場所はない。当然のことを考えもせずに、のこのこ出てきた私が悪いのだ。
先生に挨拶してから、盛り上がって写真を取り合う元クラスメート達の間を抜けて運動場の端にある裏門へ向かう。私の家はこちらから出たほうが近い。
コートの前を押さえ、足早に歩く。息が白い。空を見上げると一番星が見えた。
「代表委員」
声に視線を戻す。
うんていの柱にもたれかかり、スーツ姿にネクタイを締めたその男はにかっと笑った。
「おっす」
「……おっす」
右手を上げた彼に返事を返して足を止める。
「何? もう帰るの? みんな二次会だーって盛り上がってるのに」
「そっちこそ、何でこんなとこにいるのよ」
クラスで人気者だったこの男。今日も輪の中心にいたはずなのに。
「や、代表委員が帰りそうだったから。先回りしてみた」
ふうん、と私は呟く。
先生と話している間に先回りされたらしい。
「で? 何の用」
昔は背が低かったが今は見上げなければいけないほど。
無性に、月日の流れを感じた。
「他のやつらとは5年ぶりだけど、代表委員とは8年振りだろ。だから話したいなーって思って」
「私は別に話すことなんかないけど」
クラスの中で浮いていた私と唯一まともに会話していたのが目の前の男。
けど、だからと言って。
今さら話すことなんかないはずなのに。
「オレ、代表委員のこと好きだったんだ」
一瞬、私の周りの時間が止まった。
頭の中が白くなり、コートの胸元をぎゅっと掴む。
彼はうんていの一番高い棒をポンポンと叩いた。
「ほら、オレって小学生の頃チビだったろ。この高さになんか絶対届かなかった。けどさ、代表委員はクラスで一番背が高くって、ちょっと背伸びすれば届いてた。だからさ、悔しかったんだ」
「悔しい?」
「好きな女の子にできることが自分にはできないって悔しくない?」
私は小さく肩をすくめる。
「そういうもん?」
彼はゆっくりと歩を進め、私の目の前に立った。
見上げなければ、視線が合わない。
「けど、今は勝ってる」
彼の手がそっと私の頬に触れ、冷たさが伝わる。
心臓が音を立てた。
小学生の頃の面影を残すその顔は、大人の男のものだった。
「目、閉じて」
そっと顔が近づく。互いの吐く白い息が触れ合い……。
「待ちなさい」
私は手を伸ばして彼の顔を思いっきり突き飛ばした。
「あんた、できちゃった結婚したんでしょーが」
突き飛ばされた顔を痛そうに押さえた彼は瞬きを数度繰り返した後、笑った。
「何だ、知ってたの」
「さっきみんなが言ってたわ」
「お喋りだなあ」
「そういう問題じゃないでしょ」
私はわざとらしくため息をつくとコートの襟を直して歩き出す。
「じゃあね、もう会うこともないでしょうから元気で」
「怒んないでよ、代表委員があんまり綺麗になってるから口説いてみたくなったんだって」
「そんなお世辞には乗らないわよ」
「代表委員」
色の変わった声に、思わず振り返る。
彼はこちらに背中を向けゆっくりと校舎に向かって歩いていた。
「好きだったのは本当だよ」
「奥さんと赤ちゃんとお幸せに」
彼が軽く右手を上げたので私も門に向かって歩き出す。
小学生の頃。
みんなから無視されても彼だけは話しかけてくれた。
どうしていじめられていた私が今日ここにいるのか。理由は一つしか、ない。
背の高さなんて気にしてなかったのに。
「今ごろ言うなよ、馬鹿」
やっぱり、同窓会なんて来るんじゃなかった。